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次元展 

1965年9月11日—9月17日「次元’65展」京都市美術館 
京都を中心に関西在住の若手作家約30人が、1965年の次元でつどう発表展。絵画、彫刻ほか。(京都新聞 1965年9月11日)
福田武、平田洋一、栄利秋、矢野正治、寺尾、

1967年10月12日〜10月19日「次元’67展」京都市美術館 
次元展は今度で3回をむかえた。この展覧会はその都度組織されるという特殊な形をとっており、今回は従来の招待制を自由出品形式とした。そして、かつて中心人物として活躍した寺尾恍示、ヨシダ・ミノル、榊健たちは出品していない。彼等は新進作家として一応認められた地位をしめ、代ってより若い世代が中核の役割を果たしている。矢野正治、寺田武弘、村松達也たちは自己の作風を或る程度まで確立しており、安定した仕事ぶりを示している。また、伊沢宏子、古津三男、田代幸俊、池水慶一、丸本耕らは変貌をとげる過程にあるようだ。新人では小田垣覚の純白な面の処理やシュールレアリズムに根をもつ発想の浅野健司、脇山幹夫の仕事が注目された。若い人達は力いっぱいの活躍をしているが、自己の様式をもつまでにはもう一歩の感があり、熱っぽい割には訴えるものが空虚であった。(S)(「視るNo.6」京都国立近代美術館ニュース 1967年11月号くろにくるより)

1968年10月12日—10月20日「次元’68展」京都市美術館 
京都の若手造形家による絵画、立体。(京都新聞 1968年10月11日)
「見よく美しい展示 楽しさのあふれる会場」自由出品制の前衛作品展。秋山邦彦、伊沢宏子、神谷厚子、田代幸俊ら約30人が思い思いの作品を並べているが、会場の広さや配置をよくわきまえた展示で、見よいし、美しいし、またたのしいものになっている。はいったところにある三角形の風船の束が花のようにくるくる回っている。壁面に直接にぶつけて配した赤のカギ型の造型、大きい積み木ようの一群、たてにならべた真紅の大きい輪の重なり、などとところに広さにぴたりはまった展示の作品は見るからにたのしく、両親に連れられた幼児がよろこんでその間を走り回っている。作者たちのねらいの一つにはこうしたたのしさがあるのだろう。タブローも立体造型もすべて自己のペースを重ねて練られたものが多い。そのことが、会場を静かにしている。騒音、雑音が少ないのである。次元の出品者たちは自由出品制なので、作者も作品も固定しないが、平素の積み重ねがよく出ている作品が多く、新鮮である。(夕刊京都 1968年10月25日)
「次元」展は、京阪神在住の若手作家たちを中心とするアンデパンダン形式による展覧会で、今年はとくに未知の新人が数多く出品していて興味があった。作品の傾向は、現代の一般的な風潮を反映して、さまざまな素材をもちいた、明快なフォルムの立体構成が主流をなし、ひとつひとつが意欲的に大胆な実験にとりくんでいる様子がうかがわれて好感がもてた。しかし残念なのは、概して実験が観念的な操作にとどまって、作家自身の個性としてじゅうぶん肉体化されていないのみならず、造形的処理を裏づける思考そのものが貧困なことであった。このなかで出色とおもわれたのは、宮川憲明の⟨Space Biocks⟩で、原色にぬられた立方体を積木のようにくみあわせたその構成は、充実した空間を創造していて説得力があった。ほかに田代幸俊、松原成夫、松尾くんじ、中村治彦などの仕事が着想と造形との比較的緊密な結びつきをしめし注目された。(I)(「視るNo.18」京都国立近代美術館ニュース1968年11月号くろにくるより)

1969年10月13日—10月19日「次元’69」
「次元’69展」次元展は、固定したメンバーをもたずに、その都度、新進作家が寄り合って開催している。そのような形でよく何回も続けて開けたものである。展覧会のイメージというか性格が定着してきたのでさしたる破綻もなく行われるのかも知れないが、この組織なきデモンストレーションには敬意をはらってもよいと思う。さて、今年の傾向は、いわゆる観念芸術につながるものが多くテープや紐、糸などを張っただけの作品が目についた。若い人だから、自分が受けた感動を素直に認め共鳴するのは当然であるとしても、その結果が単なる模倣に終わってもらいたくないものだ。その点、狗巻賢二や植松奎二、松原成夫などは自分のペースで仕事をしていてさすがである。個々の作品についていえば、重い塊を感じさせる物体を吊って不安を呼びおこさせる田代幸俊が面白かったし、金寄恭二、鈴木生夫、佐野芳樹、八田淳、北尾和義などの全く無名といってよい新人にユニークな感覚がうかがえた。(S)(「視るNo.30 京都国立近代美術館ニュース 1969年11月くろにくる掲載」

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